入居者さんは生きている?(後編)
(続き)
前編をまだ読んでいない方は、こちらを先に読んでくださいね。
『入居者の安否はいかに?(前編)』
救世主登場!
内鍵という壁が立ちはだかり、その場にいる全員、沈黙してしまいました。
鍵屋さんなら、ドアスコープから特殊な機材で内鍵を開けることができます。
でも、この時間ですぐに駆けつけられる鍵屋さんがいるかどうか?
その時でした。
これまでの一連の騒ぎをを聞きつけて、隣の部屋の男性が部屋から出てきました。警察や我々を見て、何事か?という顔をしています。
まさに救世主!僕は、即効で隣り部屋の男性に、
「こちらの部屋の方が中にいるはずなんですけど、出てこられないんです。内鍵もかかっていて、万が一のことがあってはいけないので、どうしても部屋に入りたいんです。申し訳ないですが、お宅のベランダから入らせてもらえませんか?」
男性は、警察・オーナーさんを前に一瞬で状況を理解し、承諾してくれました。
そして、携帯電話越しに状況の報告を待っている親御さんに、
「内鍵がかかっていて部屋に入れません。呼んでも返事がないので、ベランダから窓を破って入ります。窓ガラスの負担が出るので承諾いただけますか?」
「迷惑掛けてすみません。もちろん、負担しますのでどうかお願いします。」
親御さんの声は涙声になっていました。
空き巣の心境
早速、営業車からカナヅチを持ってきて、お隣さんのベランダから本人の部屋へ入ることに。
ベランダを渡りながら、「お願いだから、どうか生きていて下さい。」と願わずにはいられません。
佐藤さん宅のベランダに入ると、カーテンで中は見えませんが、照明がついているのが分かります。僕は、佐藤さんが部屋で寝ていることをわずかながら期待し、窓ガラスをドンドンと叩き、再度「佐藤さーん!」と叫びましたが、やはり返事はありません。
自分の人生で窓ガラスを叩き割ることが、ましてこんなシチュエーションで訪れるなんて・・・・・。割った後の悪い状況を想像してしまうのと、窓ガラスを割るという空き巣のような行為があいまって、自分の心臓が高鳴るのがはっきりと分かりました。
そして、僕はカナヅチで窓ガラスのクレセント(鍵)に近いところを思い切り叩きました。網入りガラスなので、一発では割れず、何度か叩くことを繰り返しやっと手を入れるほどの穴が開きました。
これだけ大きな音がしているのに、残念ながら中からは何の反応もありません。
(もうどんな惨状になっていようが、なるようにしかならんな。)
と、半ば諦めた僕は、割れた窓ガラスを開け、一旦目を閉じてから、どうにでもなれ!とカーテンを思い切り開けました。
すると、そこには・・・・・
耳には黒い大きなヘッドホン!(結構高そうなヤツ)
そして、手にはゲームのコントローラー!
(僕の中では)
青白い顔になってるはずのあの佐藤さんが、なんと何食わぬ顔でTVゲームに
夢中になっているではありませんか!しかも、トランクス一丁で!
拍子抜けしてしまった僕とゲーム中の佐藤さんの目が合いました。
佐藤さんは、僕が声を掛けるより先にその忌まわしいヘッドホンを外しながら、
「あんた!人の部屋で何やってるんですか!」
と、僕が想像もしていなかったリアクション!
そりゃ、そうでしょう!
いきなり野球のユニホーム姿の不審な男が自宅のベランダから現れたんですから。佐藤さんの立場で考えたら当然です。
でも、この状況で相手の立場で考えるなんて、僕はそんな崇高な人間ではありません。僕の中で何かが切れました!
「それはこっちのセリフだーーー!」
「あんたこそ、何をやってるんだ!!!」
「管理会社の人間だ!あんたの部屋から水漏れしてて電話しても、外から呼んでも出てこないし、玄関は内鍵がかかっているから、万が一のことがあったんじゃないか?って、皆どれだけ心配してるか分かってんのか!」
「外には、警察もオーナーさんも来てるんだよ!」
今までの緊張を返せ!とばかりに怒鳴ってしまいました!
そっちが先かい!?
僕の説明に佐藤さんは、一瞬でお風呂のお湯を出しっぱなしにしていたことを思い出しました。
そして当然、風呂場に駆け出すと思いきや、なんとそれよりも先にベッドに無造作に置いてあった『大人の本』を瞬時に布団で隠しに行ったのです!
それに対して僕は、
『そっちが先かい!』
と思わずつっこんでしまいました!(もちろん心の中で・・・)
その後、佐藤さんはダッシュで風呂場のお湯を止めに行き、洗濯機に突っ込んであるTシャツと短パンを取り出し、僕が気づくともう着替えた姿で玄関の内鍵を開けていました。
最悪の状況を一瞬で判断し、『大人の本』隠しと風呂場の対応・そして着替えをロス無く、しかも最短距離で対応して見せたのです。人ってのは、窮地の時は、ものすごく頭の回転が速くなるんですね。
そして、佐藤さんは、外で待つ皆さんに、開口一番
「ゲームしてて風呂入れてたのを忘れてました。すみませんでした・・・」
警察・オーナーさん・後輩社員・お隣りさん・・・
全員、見事なまでに口がそろって開いてます。そして、間もなく佐藤さんが全員からお叱りを受けたのは言うまでもありません。
命が無事だったことが何よりも良かったですが、こんな「緊張と弛緩」を味わえるとは思ってもいませんでした。ある意味貴重な体験です。
幸い、水でぬれたオーナーさん宅の内装と僕が割った窓ガラスは、入居者加入の保険での対応ができ、金銭的にはたいした負担にはなりませんでした。後日、熊本から親御さんがオーナーさん宅を訪れ、深々とお詫びをされたとのことです。
善良なる管理者って?
ところで、
「風呂のお湯を出しっぱなしにしたからって、排水口があるから風呂場からは溢れないでしょ!」って、あなたも疑問に思ったのでは?
実は、浴室の排水口は髪の毛と油脂でいっぱいで、一体何年掃除しなかったからこうなるんだ?という状態でした。排水能力はほぼゼロ、浴槽からあふれ出たお湯は、排水溝をスルーして洗い場からも溢れ、そして玄関まで流れ出ていたのでした。
<教 訓>
〇ゲームするなら、風呂は入るな!
〇掃除しないなら、風呂は入るな!
というのは、冗談ですが、借主さんには善管注意(善良な管理者の注意)義務という民法上の規定があります。
これは、平たく言うと「お部屋は借りるものなので自分のものより大切に取り扱って、オーナーさんの代わりに借りたものを管理する義務」ということです。
掃除(管理)を怠ると、こんな大惨事?になることもありますから、あなたもお部屋は綺麗に使いましょうね。
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